二町ばかりしかない。この時計屋の角へ出る道の一方のはしは石屋の角で、そこから入った裏通りのなかごろの右側に佃の家がある。伸子が、恐怖や、憎悪にうらづけられた鮮明さで覚えているその大きい石屋の、石柱を幾本も立てかけた石置場が、店のよこの天水桶とともに、ゆっくりタクシーの窓外をすべって行った。交叉点の手前まで来ると、伸子ののったタクシーはにわかにスピードを出して前方の障害物を迂回し、赤坂見附に向って走りつづけた。
伸子は、はじめから終りまでクッションにもたせかけている頭の位置を動かさず、タクシーの窓外にジリジリと移ってゆく、昔の生活の場所を瞳の中にうつしとった。橋本と染めだしたのれんの下ったうなぎやの横から、不意に佃がそこの歩道へ出て来たとしても、そして、タクシーの窓ガラス越しに佃の蒼めな顎の大きい顔が伸子の顔と向いあったとしても伸子はクッションにもたせた自分の頭は動かさなかったろう。その界隈の風景はその時代の生活の苦しさとともに伸子の過去のなかにくっきりと凝固していて、きょうの感情に語りかけてくる生命をもっていない。佃とわかれてからあしかけ四年たっていたが、伸子は、どこでも、一ぺんも、
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