にあった倦怠や憎悪さえひっくるめて一つの忘れがたいものとして迫った。それを思い出とよぶにはまだあんまり近すぎ、しかも、もうはっきり自分たちの生活する場所ではなくなったものとして、今朝まで住んでいた家に最後の戸じまりをして去るこころもちは、深く伸子をうごかした。
 伸子たちが戸じまりをしている間に素子が近所別れのあいさつにまわっていた。それをすまして帰って来るのを葉の黄色い秋のポプラの樹の下で待ち合わし、やがて、三人はそれぞれにかさばった風呂敷をもって、郊外電車の停留場へ出た。とよ[#「とよ」に傍点]が乗る電車と伸子たちの渋谷行方面とは反対で、とよ[#「とよ」に傍点]の乗る方がさきへ来た。とよ[#「とよ」に傍点]は、あいている座席に風呂敷包をおくと、線路ごしに伸子たちの立っている方へ向いて立ち、しまった窓ガラスごしに幾度も腰をかがめた。電車が動き出し、丁度また腰をこごめかけていたとよ[#「とよ」に傍点]の七三の前髪がよろけて窓ガラスにぶつかった。
 伸子と素子とは渋谷からタクシーをひろった。数日来うちつづいたいそがしさに疲れて、伸子はいくらか胃がこわばり痛みそうだった。タクシーの座席のク
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