るのだろうか。高台寺で、素子が酔った晩、桃龍たちがよってたかって素子に、里栄の派手な青竹色の縞お召の着物をきせ、紅塩瀬に金泥で竹を描いた帯をしめさせた。浅黒い棗形《なつめがた》の素子の白粉気のない顔は、酔ってあか黒く脂が浮いて見え、藍地に白でぽってり乱菊を刺繍した桃龍の半襟の濃艶な美しさは、素子の表情のにぶくなった顔を、ひときわ醜くした。素子は、なんえ、これ! かわいそうなめにあわさんといてくれ、頼むぜ、といいながら、その青竹色の着物の褄をとってはしごをよろめき下り、せまいその家じゅうをぞよめきまわった。「黒んぼの花嫁! 黒んぼの花嫁!」そう叫んでさわいでいる桃龍たちの声を二階でききながら、伸子は、とりちらされた広間の床の間のかまちにぽつねんと一人腰かけていた。まともな誰のめにも醜く見える素子を、ああやって囃《はや》し、その様子に笑いこけている人たち。それを不愉快に感じるのは、野暮だというこういう世界のしきたり。伸子は、暗いこころで痛烈にその雰囲気を嫌悪した。
「おつまさんが来たら聰太郎さんにたのんで、どっかよそでもてなしましょうよ」
 従弟の聰太郎は、東京の支店づめで日本橋のそばの店
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