ゆっくり関西旅行をしたとき、素子はこのおつまはんの斡旋で高台寺の粋な家を宿にした。その宿へは素子の従弟に当る縮緬《ちりめん》問屋の若主人だの、里栄、桃龍だのという賑やかな人たちが毎日出入りした。伸子は、相変らずの学生っぽい白襟のなりで、自分一人だけの東京弁を居心地わるく感じながら、はにかんで、色彩の入り乱れたその仲間に坐っていた。素子は、小説を書こうという人間が、何さ! と、屋台の寿司を食べたことのなかった伸子を、そういうなかに引き入れるのであった。伸子は、それを口ぐせに自分が育てられた道徳論を肯定していなかった。女にあてはめられる生活の常識にも本能的に抵抗していた。そうではあるが、素子が格別疑問もなく習慣としているおつまさん仲間との饒舌な、馬鹿笑いの多い遊びづき合いにも、とけこめなかった。すぐ飽きて倦怠した。
「おつまさん、ここへ泊めなけれゃいけないのかしら」
気がかりそうに伸子は、くりかえし質問した。
「泊るのはどうせよそだろう、あのひとのことだもの。一人で来るんでもあるまいし、……だけれど、来たら放っちゃおけないよ」
この家へ、おつまさんが京都からもって来るある空気が吹きとお
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