ま黙った。素子のいいたいことは、伸子に同じはやさでわかった。「出張」は市内でも出来る、というわけである。もう三年ほど一緒に暮したこの頃、伸子はそういう頭の働きかたをむしろ素子のマンネリズムと思っているのであった。
「おとよさん、おとよさん」
 庭に面した座敷へ行った素子が呼んだ。
「きのう貰った五家宝《ごかぼう》切っておいで、お茶も願いますよ」
 やっとわが家でくつろげるという風に、伸子は子供らしい顔つきになって好物の五家宝をたべた。
「妙なものが好物なんだなあ」
 素子は、新しくたばこに火をつけ煙に目を細めるようにしていたが、
「ああ、おつまはんから手紙が来ているよ」
 その室の角に置いてある洋風の大テーブルから、しゃれた手すきの封筒をもって来た。
「みてごらんよ」
 伸子は、それを手にとらず、
「何だって?」
ときいた。
「近いうちに東京へ来るんだってさ。少しゆっくり滞在するから、是非遊びによらせて頂くとさ」
「ここへ泊るのかしら」
 伸子は、困ったようにきいた。おつまはん、というのは祗園のある家の女将であった。ずっと前から素子とはかなり立ち入った友達つき合いで、前の年の早春二人が
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