藤堂君のところへ行ってみよう。お前も一緒においでなさい、その方がいい」
 そこへ、多計代が戻って来た。
「どこへいらっしゃろうっていうんです?」
 坐りながら、
「お父様、あしたは隅田さんがあるのをお忘れになっちゃ駄目ですよ」
「あれゃ午後五時からだ。こっちは午前中にすむよ――伸子がロシアへ行こうっていうんだ」
「――ロシア?」
 多計代は、その三つの音を、ながくながくひっぱって発音した。そして、ほとんどうさんくさい、という眼付で伸子をかえりみた。なめらかで色つやの美しい多計代の顔に浮んだその表情をみると、伸子はせきこむような苦しい思いになった。早口に、
「文明社から出る全集のお金で行くことになったんだから、その方は心配して頂かなくていいの」
と云った。
「旅券の裏書のことで、お願いに来たのよ」
「へえ……」
 まだ半信半疑という目の色で、伸子を見ながら多計代はダイアモンドの指環のはまった手で自分の鼻のわきを撫でるようなしぐさをした。
「――それで……いつ立とうというの」
「それゃ、裏書ができしだいだわ」
「もちろん吉見さんも一緒なんだろう?」
 伸子が口を開かないうちに、泰造がわきか
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