けれども、それはどこまでもおぼろげにわかっただけだった。たとえば、自分が階級的に成長するということについて、具体的に何がどうなればよいのか、伸子にわからなかった。本には明瞭に示されている。小市民やインテリゲンツィアはプロレタリアの革命的陣営に参加して、はじめて自身を歴史の上に発展させることが出来るのだ、と。
 ロシアの歴史のなかでのこととしてみれば伸子にもそれはよくわかった。すでに沢山の人々がそういう風に生きた。けれども、日本で、自分のこととすると、伸子には見当がつかなかった。誰でもが革命家にならなければならないとしたら、そしてそれしか自分の生きる道がないとしたら……。伸子はこわかった。アナーキストだった大杉栄と伊藤野枝が甘粕という憲兵に、どんなにして虐殺されたかを思いおこして、こわかった。伸子は生きたいのだった。篠原蔵人が、リアリズムにある階級の区別についていっていることも、その本をよんで伸子にいくらかわかった。プロレタリアとしての立場で、その感情で現実をみるのだということはうなずけたが、でも、それは、伸子の毎日の暮しや書くものに、どうかかわって来るのだろう。無産派といわれる人々の間
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