子は毎日どっさりの時間をその本のためにさいた。部分部分ばかりにふれ、そこからだけ覗いて来たこの人間の社会というものを、その千変万化の複雑さのなかに、矛盾の根柢から解明して、歴史の発展してゆく必然の方向を導き出してゆく社会科学というものの方法は、全く新しい力で伸子の知識慾をみたした。
 伸子は時々その感動を抑えきれなくなった。そして素子に、
「わたし、ほんとにうれしい」
と云った。
「まるで霧がはれてゆくみたい。一つ一つ山や森や河の景色が霧の中から見えて来るみたい。そうじゃない?」
「――」
「ねえ。あなたはそう感じない?」
「うるさいじゃないか、いまこれをしてるのに……」
 素子は、おこったようにはねつけた。
「きのうも、同じこと言ったじゃないか」
「そうだったかしら――ごめんなさい」
 そして、伸子はまたその本に戻ってゆくのであった。
 階級というものの存在は客観的であって、自分自分の主観に立ったこころもちにかかわりない社会的事実である。このことは、伸子を深く考えこませた。人はそれぞれ一定の階級に属し、階級はそのものとしての歴史的な利害をもっている。この客観の事実は、その人が階級とい
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