ような紙表紙に、赤い字でブハーリン著史的唯物論と書かれた定価一円の厚い本が、伸子の身のまわりにも現れはじめた。この一冊の本によって社会のなり立ちというものが、いくらか客観的に伸子の前に示された。伸子が、久しい間ぼんやり人間性の発展として文学的に感じて来ていた社会の進歩ということが、生産条件の発展とその推移を中軸として実現するという事実は伸子にとって全く新しい真実であった。社会に階級があるということも、いきなり文学とくっつけてはのみこめなかったけれども、この本のように、階級のなかった原始の社会から、どう人間の社会は変化して来て階級が発生したかと説かれてあれば、伸子にもわかった。一つの発展のうちにふくまれている矛盾そのものに、また次の発展の可能が用意され、進展には固定があり得ないということ、絶対がないということ、解決しきるということは現実にあり得ないこと、それらは、伸子を同感させ、そして実感に迫った。これまで伸子は、保がいつもくりかえす「絶対に云々」という観念をどんなに、うさんくさく思って来ただろう。いつもそれに抵抗を感じて来た。その抵抗によりどころがあったし、それが自然だったのだ。
 伸
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