つしらないで行くわけにも行かないじゃないか、ぶこちゃんだって買えばいいのさ、どっさり積んであるよ、東京堂に」
 ウメ子が、その言葉に注意をひかれていくらかためらいながら、
「――どっかへいらっしゃるんですか?」
ときいた。素子は、
「ああ、」
と、自分で自分の言葉に不意うちをくったように少しまごついた。
「まだはっきりきまったことじゃないんですがね――わたしもどうせ一生ロシア文学の翻訳で暮すんなら、思いきってひとつソヴェトへ行ってきたいと思って……」
「まあ!」
 ウメ子は、まぶたの上にさっと艶を浮べて、
「いいこと! 是非いっていらっしゃい」
 独特の謙遜な態度で賛成した。
「いらっしゃれたら、本当に結構ですわ、わたしまでなんだかうれしくなっちゃった」
 なっちゃった、というところを、いかにも東京ッ子らしい歯切れのいい調子で早口に云って、ウメ子は、身幅のひろすぎる借着の浴衣の中で首をすくめた。
「――伸子さんもいらっしゃるんでしょう?」
「わたしは、お金がないの」
 すると素子が、幾分からんだ口ぶりで、
「金だけの問題じゃないんですよ」
と云った。
「相かわらず手がこんでるんですよ…
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