ものとなって、佐々の家庭に君臨するであろう。伸子はそこに恐慌を感じるのであった。
二十一
二三日の予定で京都へ行った素子は、五六日ノビル、という電報をよこした。九月号の文芸雑誌は、急に相川良之介についての特集を行うことになって、伸子も感想を求められた。新聞にいちはやく、「改造八月号相川良之介氏の絶筆『西方の人』」という大きい広告が出ていた。「沙羅の花」「支那游記」などが同じ社から広告されていた。
相川良之介について感想を語るとすれば、伸子は、自分の心にあるとおり、彼への疑問、肯定のつよさをおしのけるほどつよくもちあがって来る非肯定の心持から書くしかなかった。けれども、伸子には、自分が相川良之介の全貌を底の底からつかんでいるのではないという漠然とした自覚があった。「ある旧友への手紙」の中にこういうところがあった。「ただ僕にたいする社会的条件――僕の上に影をなげた封建時代のことだけは故意にそのなかに書かなかった。なぜまた故意にかかなかったかと云えば、吾々人間は今日でも多少封建時代の中にいるからである。のみならず、社会的条件などはその社会的条件のなかにいる僕自身に判然
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