であった。
伸子は、自分の生活にあらわれるそんな様々のわからなさ、自分流のボンヤリした不安が、ほかのひとのところにはないのだ、と思うことは不可能だった。文壇の沈滞ということが、この二三年いわれつづけて来ている。「秋刀魚」の詩で有名な詩人は作家の経済事情が文学を沈滞させると、原稿料問題を新聞にかいた。それに反対して、原稿料の問題だけが文壇と文士を沈滞させているのではない。文士が余り常識的で平穏な日常生活に腰をおろしすぎてしまったからだ。人生への冒険の気魄を失ったからだ。そこを考え直さなければならないと、小坂村夫が書いた。それはつい先頃のことであった。しかし、そういう小坂村夫自身は、彼自身の人生と文学とを冒険させる機会を発見することに熱心であるとも見えなかった。無産階級文学の理論にたいしても昔ながらの芸術性をいって、相川良之介のように条理にたって、玉は砕けるが、砕けない瓦、文学の母胎としての民衆を信じるとはいわなかった。相川良之介が、東京の炎暑の夜を徹して涎をたらしつつ、手をふるわせつつ、透明になった神経の力を奮いあつめて最後の幾行かをかいているとき、小坂村夫は、日光かどこかの涼しい湖で
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