マス釣りをしていた。「マス釣り」という随筆が、相川良之介の葬儀と前後した日の新聞に出た。盛夏になればマス釣りもなどと、それは小さな安定におさまった人間の最も常識的遊楽の一つではないか。どこに人生の冒険の気魄があろう。伸子はそのひとの書くりきみ[#「りきみ」に傍点]と、現実の生きかたのなまぬるさとの間に激しい軽蔑を感じた。その矛盾は、相川良之介の死によって見直される気配もなかった。文学が沈滞している。それは、人間らしさの沈滞と別なことであり得るだろうか。そう思うと、伸子には、この沈滞を貫いて、命がけの抵抗をつづけた相川良之介という一条の光道に、深い深い意味を感じるのであった。だのに――相川良之介! 相川良之介! 伸子は無限の哀感としりぞけることの出来ない否定の絹糸にしばりあげられて、汗にとけこむ涙を流した。彼の悲劇は、命がけであることさえ文学的[#「文学的」に傍点]至芸と崇拝されなければならないところにあった。
 相川良之介の葬儀は、七月二十七日谷中の斎場で行われるという通知が伸子のところへも来た。情のこもった悲しみが式場のぐるりにみなぎっていて、いつもはいろいろの会場で一つにかたまって
前へ 次へ
全402ページ中274ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング