な気がするな。あの戯曲のいっているように、何ごとも許す心持って尊いと思う」
「ね、保さん」
 伸子は、つき動かされたように保の絣の筒袖に手を置いた。
「あなた、もっとお友達とどしどしおつき合いなさいよ。あなたのようなひとは問題をどっさりもっているにきまっているんだし、ここの家は問題をもっている家なんだもの――それでいいのよ。だからどんどん話して、議論して解決していらっしゃいよ。それでなくちゃいけないわ」
「うん……でも僕、あんまり何でもしゃべる奴きらいなんだ」
 伸子は、身をとがめられるような内省的な眼差しになった。伸子が佃と結婚したのは、保が麹町の方にあるフランス人経営の中学校へ入学する前後のことであった。それから、離婚するまでの数年間、佐々の家は「伸子の問題」を中心に議論の絶え間がなかった。少年の保のいるのを忘れて、母と娘は互いに涙をこぼしながらいい争ったことがあった。おとなしい灰水色の制服のカラーに金糸でオリーヴの葉飾りをぬいとりした服をつけた保が、
「姉ちゃん、どうして結婚なんて、したの?」
 結婚という言葉を、旅行とか病気とかいう事柄と同じような感じでいって、歎息したことがあ
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