ーキューやるの?」
 伸子は、少しあっけにとられてその表を見た。
「みんなこんなことしてやしないでしょう? この前来たときは無かったわね」
 丁寧に鉛筆のしん[#「しん」に傍点]を削りながら保が、
「僕、この頃時間を無駄にするのは下らないことだとつくづく思ったんだもの」
といった。
「それはそうだけれど……」
 伸子には保がこの家の生活の中にあって日々夜々感じているにちがいない複雑な心持、それに対する青年らしい批評のきびしさがわかるように思えた。保は、自分の暮しで、この家の中に、いいと思える暮しかたを作り出そうとしているらしかった。保の室の入口に書きつけられている Meditation という文句が、新しい意味で伸子のこころにせまった。教科書と園芸の本ばかりが詰っていた本箱に、今みれば「出家とその弟子」という戯曲がまじって背を見せている。Meditation ――伸子は、一層そのモットウに警戒を覚えた。
「あの本、どこにあった? 古い本だわ、わたしが昔よんだんだもの」
 その時分も評判ではあったが、感傷的な戯曲としてもまた有名であった。
「面白いと思う?」
「さあ――でも、僕わかるよう
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