ろからは、畳の上にかがみかかった相川良之介の折目だった単衣羽織の背中から胴にかけてのもり上りしか見えなかった。
 しばらくそちらを眺めていた主客が、おのずと卓の上へ顔をもどして、物をいいはじめるぐらいたっぷり手間がかかった。相川良之介は、本気でなにかかいているのだ。伸子は、画帖という風なものは、さらりと、そのときの興によってかかれるものと思っていたので、相川良之介の仕事に向ったようなうちこみ工合を心のうちにおどろいた。
 出来たのは、その頃、相川良之介の絵として有名になっていた河童の図であった。背の高くやせた、しかし丈夫そうな脚をした河童が笹枝をかつぎ、左手に獲った魚を頬ざしにしてつるしてゆく姿が描かれた。我鬼と署名されている。
 相川良之介は、だまってその画帖が人々の前をまわされるのを見ながら、煙草をくゆらしていた。一座の人々は、それが洗煉された態度であると見えて、格別、ほめもせず批評もしないで、しずかにまわして見た。相川良之介が、どうぞKaPPaと発音して下さい、という前書をつけて発表した「河童」という作品は、河童の国の出来ごとになぞらえて、警官の弁士中止! という叫びまで描かれた
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