校の盟休について、水野文相が断然処分する、と断言したために、それらの高校の校長がつよ腰になっているばかりでなく、学内の暴力団があばれているということが云われている。これは、ほかのどの新聞にも出た。こういうことのうちには伸子に自分の平穏を懐疑させる事実があった。
文相である政友会の政治家の細君は、萬亀子といって、多計代とは、明治の初めに建てられた貴族的な女学校の同級生であった。どちらかというと親友の部類であった。萬亀子夫人が熱心な天理教信者であるため、ときどき互の意見が合わなかったが、それがすぎると、芝居の切符のことだの、同窓会のことだのと、電話でながくしゃべり合った。伸子たちは小さかったころ、その夫妻をおじさま、おばさまとよばせられた。
保は、この間、佐々は、ばかだ、生れつきの調停派だ、といわれたと伸子に話した。それは、保の通学している七年制の坊っちゃん風の高校にさえも、調停派でない学生たちの気分があるということではないだろうか。もし、保がちがった生れつきで、生れつきの調停派でなかったなら、多計代がかつておじさまとよばした、その大臣に、やはり保も処分されただろう、断然と。彼はとりも
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