りの新聞で、裏からと表からと照し出されて、はじめてほんとの現実になるという発見は、伸子にぴったりとしてわかる実感だった。小説はそうなのだから。なぜ? そして、どうして? この二つなしで小説というものは出発しないから。
 四頁しかないその新聞の紙面には、伸子が自分の日々にちっとも感じたことのない権力の圧迫というものを、日夜直接に痛烈にこうむって、それと抗争している人々の息づかいがみなぎっていた。いつか玄関に来た三人の、ぼうぼう頭で膏《あぶら》と垢でひかる顔をした青年たちが思い出された。つい先日、灯をつけない動坂の家の客間で保と話した話の内容や、その背景となっている学生たちのこころもちも思い浮んだ。これらはみんな伸子の生活のなかにおこっている筈のことであった。それだのに、伸子のきょうは全く平穏で、このとおり籐椅子にかけ、庭には盛夏に向って繁茂した夏草の午後のいきれがこめている。晩には、すだれの下った茶の間で、おとといそうであったように、今夜も冷たい京都風な煮うめん[#「煮うめん」に傍点]をたべるだろう。――
 その平穏は、しかし伸子自身にとっても何となし澄明でなかった。新聞に、二高や松山高
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