から来たんだから、御一緒にたべられるまでお待ちしています、って。そう申上げて来て」
 狭い中廊下をこして、ドアをノックし、女中がはいって行った。そして、お辞儀をして出て来た。
「お待ちにならずに、とおっしゃいました」
 伸子は、涙がつき上げて来そうになった。
「すまないけれど、もう一ぺん行って頂戴。待っていますからって――」
 元気に階段を降りて来た保が、敷居ぎわで立ち止まった。大食卓の上に、向い合いに淋しく二人だけおかれている食器を見下しながら、歩調をかえて、のろい足どりで入って来て席についた。
「お母様と一緒にたべましょうよ、保さん」
 伸子はつよく訴えるように弟にいった。
「その方がいいわ」
「僕、どっちでもいい」
 保はこういう生れつきなのであった。
 女中が母の分を盆にのせて運んで来た。
「いらっしゃるって?」
「はい」
 おつゆが段々冷えていった。そのときになってやっと客室のドアがあいた。同時に、
「おや、こっちは冷えること……」
 ひとりごとのようにいう多計代の声がした。
 小紋の羽織の袖口を、胸の前でうち合わせるような様子で入って来た多計代を見て、伸子は圧倒される自分を
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