煖炉前の小卓の上に飾った。
 保が二階から降りて来た。そして、立ったまま、伸子が一人だけいるその辺を見まわした。
「なあに? おなかがすいた?」
「そうでもないけど……」
 電燈の灯かげがそのガラスにきらめいてはいるが、午後じゅうぴたりとしまったままでいる客室のドアを、こっちの室の中から保が見ている。伸子は保の気持がわかるようでせつない思いがした。
「――もうすむでしょう」
 保は黙って視線をそらせ、煖炉前のバラの花を見た。いつもの保であったら、すぐよって行って、その花の品種だの咲きかたのよしあしを話すのに、今夜は遠くから立ったまま眺め、ただ、
「姉さんがもって来たの?」
ときいた。
「きょう、ほんとはお父様のお誕生日だったのよ。知っている?」
「うん」
 保はしばらく立ったままでいたが、また二階へあがって行った。
 食卓の準備がはじまった。それを見ている伸子の唇から思わずほとばしるような質問があった。
「二人だけ別? どうして? お母さまは?」
「奥様はお客様とあちらであがりますそうです」
「…………」
 やっと自分を抑えた声で伸子は女中に命じた。
「きょうは、お父様のお誕生日で駒沢
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