感じた。皮膚の滑らかな多計代の顔は、ふっさりした庇髪の下に上気して匂うような艶をたたえている。いつもより、しばたたかれるまつ毛はひとしおこまやかで、多計代の大柄な全身から、においのいい熱気がかげろい立っているようにさえも見える。溢れるつややかさと乱れのまま多計代は娘と息子とが待っている食卓に来て坐った。
「お待ちどおさまだったね」
 そういったきりで、たべはじめた。さっさと、味わおうとせずにたべはじめた。自分がどんなに咲きいでているか、それを知らず、また、かくすことも知らず大輪の花のように咲き乱れている母。多計代の右手の指に泰造からおくられて愛用しているダイアモンドがきらめいていた。それは多計代の全体によく似合った。食卓は煌々《こうこう》と灯に照らされていて、多計代の手がこまかく動くごとに蒼く紫っぽく焔のような宝石のひらめきが走った。
 ほとんどくちをきかずに三人の食事が終った。越智のところから下げられた膳が廊下を台所へ運ばれて行った。
 多計代は、そこに保も伸子もいないような遠い目つきで、正面のドアの方を見ながら茶をのみかけていたが、急にそのまま湯呑みを食卓の上へおいて、洗面所の方へ
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