ゃ来ないよ」
「…………」
では、多計代は伸子が想像したよりも遙かに激しく行動した。越智をさけて前崎の家へ行き、そこで考えもまとめて来るのかと思っていた伸子の推察よりも、多計代の燃えかたはずっと強烈だった。伸子に、越智との結婚について話した、おそらく次の日かその次の日に多計代はまた越智に会ったにちがいない。多分、人のいなくなった午後のおそいがらんとした研究室で。――そういう建物の中のほこりっぽい無味乾燥な室で、華やかに装った多計代が、においと熱とを放散させながら、縁なし眼鏡を顔の上に光らせて今は臆病にしりごみしている越智に迫ってゆく光景を思いやると、伸子は涙がにじんだ。越智のおじけづきかたが、伸子にまざまざと感じられた。意外の重量が自分の体面の上にくずれかかって来たことにおびえながら、越智は多計代の素朴さ、むきさを侮蔑して考えたにきまっている。その表情が伸子に見えるようだった。越智が理想だといったシュタイン夫人は、十八世紀の小っぽけなワイマールで、調馬師の細君で、宰相であり文豪だったゲーテに恋着されていることを、夫妻ともどもの名誉と思う卑屈な宮廷婦女にすぎなかった。伝説は時になんと愚
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