。
「――あの話、どうなすった?」
前ぶれなくふっと一枚の木の葉が落ちかかって来たように、伸子がきいた。
「わたし、やっぱり気になるわ」
多計代は、拭き終ったピンを右手にとり、左ひじを高くあげて髷をおさえながら、束髪の真中に飾りピンをさした。鏡に向って坐っている胸をはって、しっかり、ゆっくりそのピンをさし終ると、伸子の方は見ず、あらためて鏡の中に髪の結いぶりをしらべるような目をやりながら、
「――男なんて……」
毛すじをとりあげて、前髪の毛なみを直しながら上目で鏡を見据えつつ、
「どうしてああ卑劣なんだろう!」
伸子は黙って、息をひそめるこころもちでじっとそういう母のそぶりを見つめた。
「あんなことをいっておきながら、いざとなると、逃げだして……」
あんなことということが、どういう越智の話だったのか、伸子はきいていなかった。しかし、推測された。そのとき越智がいったことは、少くとも多計代にとって、越智と結婚するしかないと思わせた、そのような内容だったのだ。
「前崎から、かえっていらしたことがあったの?」
越智との間に、いつそういう決裂がもたらされたのだろう。
「いいえ、帰っち
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