? カギ半の裏に……」
ふるい東海道に面し、海を見はらす小高いとこにあるカギ半は前崎の雑貨店で、炭や味噌醤油もあきなっていた。
「覚えているわ――みかん畑のそばの」
「あすこに火事があったよ」
「まあ珍しい……海の水かけて消した?」
「村の手押しポンプが出たりしてね、びっくりした」
多計代は、櫛のしまつをして抽斗をしめると、束髪のまんなかにいつもさしている鼈甲《べっこう》にガーネットのついた飾りピンをとり、もんだ紙でそれをこまかに拭いた。ひるすぎの明るい小座敷の光線で、ピンにちりばめられたガーネットは深いしぶい紅にかがやいて見事だった。伸子は、そうやって静かに髪を結ったり、ピンの手入れをしたりしている多計代の様子から、多計代の感情が一つの峠を越して、前崎から帰って来ていることを直感した。伸子へのものいいも、温和になっている。そういえば、陽炎《かげろう》と一緒に野火がチロチロ燃え走っているように感情の揺らぎのあらわだった多計代の亢奮した表情は、沈静され、滑らかな頬のあたりはいくらか蒼ざめて見える。伸子はピンの上に落ちている母の視線と、下目に伏せられているまつ毛のかさなりを横から眺めた
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