は朝から夜までの活動の環をますますひろげて行った。
毎朝佐々を事務所へ送りとどけてから、その車をうちまでかえしてよこして、それから多計代が外出した。外出さきから多計代を家まで送りとどけて、又その車は事務所へ戻った。自動車は珍しがられて、その一台が毎日多計代によっても使われていた。きょうは、今ごろの時間に、江田がのんびり車体の手入れをしている。江田にとっても、たまにはほしいのどかな午後の気分であろう。
ひとりぼっち、客間の庭に不様《ぶざま》にされて忘られかけている石燈籠を眺めていると、この家の生活感情の推移が伸子の心にしみた。江田は律気な運転手の、古風な見栄のようなものをもっていた。あるとき長男の和一郎のことを、江田が若様といって伸子に話した。伸子は、自分の耳を信じかねた。この家に若様と呼ばれるようなものがいたのだろうか。伸子は、悲しそうに、江田さん、どうか和一郎さんと呼んでやって頂戴、あんまりみっともないからね、といった。そして、多計代にそのことを注意した。
「おや……そうだったかしら……」
多計代はいくらかばつのわるい顔つきになって、まつ毛の美しい眼をしばたたいた。しかしそれぎ
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