松浦が口ずさみから段々本気になって、声量はとぼしいが正確で地味なバリトーンで歌いだした。和一郎は中学を終って間もなく、そのころ一ツ橋にあった上野の音楽学校の分教場でピアノの稽古を始めた。和一郎はいい耳をもっていた。けれども、分教場の教師が必要と考えるだけ規則的な練習をしなかった。多計代がその教師に会いに行ったとき、その点が批評された。いい耳をもっているのだが、もっと規律的に練習しなければものにならないといわれたのであった。帰って来て、それをみんなに話すとき、多計代はむしろ教師を非難した。規律正しさだけで才能はのびやしない、どうせ分教場の先生をしているぐらいのピアニストだから、いうことに見識がない。――そういう風に話した。和一郎のピアノは、いつの間にかだらだら中止になって、自己流の素人芸に落着いてしまった。
 佃との生活にもまれていた伸子は、間をとばしてところどころ、その話を多計代からきいた。そして多計代とは反対な考えかたをもった。多計代は、芸術的な才能とか天稟《てんぴん》とかいうものにたいしてひどく架空な考えをもっていた。自分が日本画の稽古をはじめたときも、しばらくすると師匠が平凡すぎ
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