どみんな伸子にあいさつして出て行った。伸子の方でその人を見わけたのは、たった二人か三人きりだったのに。事務所が仲通からこちらに引越して拡大されてから、伸子はあんまり父の事務所へ出入りしなくなってしまった。名をしらず顔さえ見おぼえていない人々から、泰造のうちの者という意味で頭を下げられるのは伸子をいぐるしくさせた。
青写真の用事がすむと、
「さ、出かけましょうか」
顎のところに大きいほくろのある人に、来客のことをうちあわせると、泰造はさっさと事務所を出て、エレベーターのところへ行った。そういう泰造の動作は、ずんぐりなからだににあわず敏捷で、伸子はいそいでついてゆきながら、
「お母様、いかが?」
ときいた。母の様子がききたくて、伸子は出て来たのであった。
「ああ、この頃は、夜もねむれるようになったらしくて大助かりだよ」
「お父様、まだずっとあっち?」
「落着いて暮してみるといいね。駅を下りると、空気が全くちがう。第一、朝の心持がすてきですよ。この頃はヴェランダで、はだか日光浴さ」
「お客様なし?」
「絶対おことわりだよ。さもなけれゃ、行っている意味がないもの。あっちから、通っていると汽
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