ら……」
 関東に大震災があった年の初夏、軽井沢で愛人と共に縊死した武島裕吉という有名な文学者があった。人道主義の作家で、無産者の運動がおこってから北海道に持っていた農場を小作人にただで分譲したりした。
 伸子はその人の作品はほとんど全部よんでいた。豊富だが、感傷的なものの感じかたには肌があわなかった。特に死後に発表された女の友へ送った書簡は、その甘たるさで伸子をおどろかせた。ちょうど佃との生活が破綻しはじめているときにおこったその作家の死は、伸子をつよく衝撃した。その時分伸子はただ武島裕吉の性格や恋愛、貴族的なその環境との矛盾というところにだけ、死の原因を理解していた。伸子は、いまその武島裕吉が書いたもののどこかに、しかも一度ならず、金銭の要求に来られる者の立場から感想がもらされていたのを思い出した。文句を思い出すことは出来なかった。けれども、たしかにそれはあった。
 素子があやしんで注目するほど、伸子は念入りに皿のおはぎをいくつにもちぎりながら、それを食べるのを忘れていた。武島裕吉の生きかた、つまりはその死にかたにも賛成していない伸子は、いまの自分の心にその武島裕吉が連想されたこと
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