で伸子は、いくらかの小銭をもってまた出て来た。
「失礼ですが電車賃をさしあげます。きっちりよ」
 郊外電車往復三人分、市電往復三人分。それだけの金をわたした。ステッキの青年は、黙ってそれをうけとった。そして、
「おい、帰ろう」
 仲間を促して二人をさきに玄関から出し、最後に自分が出て、入口の格子をうしろ手にしめた。
 その青年が、仲間をさきに出したことや、荒っぽくなく、尋常に格子をしめて行ったことなどが、伸子の心につよい印象をのこした。自分と大して年もちがわない三人の彼ら。彼らの雰囲気はあらがねのように、いいもわるいもごたごただ。はっきりわからないところだらけなのは彼らばかりのことだろうか。わからないといえば伸子もよくわからなかった。三人の青年のいわゆるアナーキストぶりはどうも納得出来ない。それなら彼らはどうしたらよいのだろう。真面目に働きなさい、というだけが今日の社会から生み出された彼らのような心理にたいする人間らしい解答の全部だとは、伸子に直感されないのであった。
 伸子は、けさ佐々へかけた電話のことや、前崎の家をはさんで多計代と自分との間にある感情のへだたりなどについて思いあわせ
前へ 次へ
全402ページ中183ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング