あった。
「じゃあ僕、これだけしてしまってもいい?」
 保の勉強机の上には、学校での時間割のほかに、細かく一週間を区分した自分の勉強表がおいてあった。
「どうぞ……じゃあとでね」
 自分のうしろに保の部屋の襖をしめてその部屋を出ながら、伸子は、広い佐々の家のなかに、自分が落ちつく場所というものは一つもなくなっていることを痛感した。

        二

 心と体の居場所がなくて、あちこちをふらついていた伸子は、漂いよったように古風な客間に入って来た。榧《かや》や楓、車輪梅などの植えこまれた庭は古びていて、あたりは市内と思われない閑寂さだった。竹垣のそとで、江田がホースを使っている水の音がきこえた。
 くつぬぎ石、苔のついた飛石。その石と石との間に羊歯《しだ》の若葉がひろがっている。煤竹《すすたけ》の濡縁の前に、朴訥《ぼくとつ》な丸石の手洗鉢があり、美男かつらがからんで、そこにも艶々した新しい葉がふいている。茶室づくりの土庇を斜にかすめて黄櫨《はじ》の樹が屋根の方へ高くのびている。
 庭下駄の上へ、白足袋の爪先を並べてのせて、伸子はやや荒れている客間の庭を眺めていた。
 庭に一人向って
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