間を抜けて、私共は、或る、日本人の会館へ行った。自分達の今いるアパートメントは、何時どんな都合で引移るか分らない。その後で、故国から来る郵便が、まごついては困る。そういう心配のなくて済むように、引越しなどのない宗教団体宛に、手紙を受取っていたのである。
そこで、私共は、予期しない父からの長い角封筒の書簡を見出した。いつもは、きまって母が書いてくれていた。父の分までも代表して、彼女の大きい非常に曲線的な文字が表紙も中も埋めているのが常なのである。私は、
「まあ! お父様から?」
と、思わずそこで封を切った。そして、読みながら、屋外に出、歩道へさしかかった。
けれども、内容は、落付かない往来を歩き歩き読むような種類のことではなかった。始めは、何でもない家庭の情況、次に、改めて「卿等」という、父には稀らしい呼びかけの言葉で、我々の結婚に対する返事が書かれているのだ。
私は、それを良人に見せ、
「あとにしましょうね」
と云って、仕舞って貰った。瞬間、父や母の面影が見え、自分は云いようのない心持がした。――
暫く、店舗やデパートメント・ストアの賑やかな街道りを歩き、私共はその頃評判であっ
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