どこやら時雨《しぐ》れた薄ら曇りの日であった。自分は、種々な精神感動や、仕事を纏めてしまおうとして不自然な緊張を続けたために非常に疲れて、神経質になっていた。
ちょうど、水曜日で、大学に時間はない。家にいても仕方がないので、我々は午後から連立って歩きに出た。家は、大学の近く、幾年の昔、東京府から紐育市に贈ったという桜が、あまり見事でなく生えている公園の下にあった。芝生の小路を抜け、広い街路を横切ると直ぐ、河岸公園《リバーサイド・パーク》に出る。そこからは、目の下に、初冬の日に光るハドソン河と、小霧にかすんだ対岸の樹木、渡船場等が見える。
冬枯れ時でも、午後になると、公園を瞰下す歩道の胸墻《パラペット》近くや、公園に入る灌木の茂み、段々の辺には、無数の人が往来した。皆、ゆっくりと日光を浴び、遠い広い海のような河口から渡って来る新鮮な微風を吸い、楽しむように見える。
女や子供、年寄が多く、片足で飛び飛び一輪車を廻して来る小児、まるで動物と思えないような小犬を、華奢な鎖で引つれて、ファーコートの間から、仄かな花の香りを暖い午後の空気に残して行く婦人。
そぞろ歩きする沢山の人と色彩との
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