下で、腕ぎりのブラウズに袴の女が、拳を腰の左右に当てがい、破れた露台に立ってこちらを眺めている姿などが、カッと隈ない西日の中に、小さくはっきり、瞬間の視線を捕えるのである。
窓に倚《よりかか》り、黙って外を眺めては、折々互の工合を訊き合っている我々の様子を、若し想像して観たら、いかにも去ろうとする大都会の一瞥を惜んでいるように見えたかもしれない。
実際、少くとも私にとっては、また何時来るか分らない都市を今、去ろうとしているのであった。が、黙っているのは、その別離の哀愁に胸を圧せられたためではない。私共は、言葉に云ってはいくら喋っても喋っても喋りきれない、驚や、感慨やに心を満たされていたので、口を利けば、
「まあ、ほんとに、思いがけなかったわね」
と云うよりほかない。突然変動を起した境遇に面して我々は、声も出ないほど、全心を領されたという状態だったのである。
私共は、先月の三十日に、自分等の結婚をアナウンスした許りであった。この日の一日には、眼の廻るような思いをして、故国に送るべき書きものを発送した。その五日に、思いがけない父から、思いがけない報知を受取ったのである。
五日は、
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