け、やや下眼で、後から乗込んで来る人々を眺めている彼に、私はほっとして、
「やっとこれで一段落ね」
と囁いた。

        二

 何処でも、大都会の外郭は、こんな風景をもっているのだろうか。
 三時四十分という定刻を、殆ど一秒の差もなく出発した列車は、紐育の市中を離れると、暫く止って機関車を換えた。煤煙を吐きかけて、市民の健康や建物を害わない用心に、或る処までは電力で運転する。滑らかに軽く地下や高架橋を辷って行く。けれども或る処まで来ると、汽車は普通の石炭を焚き、シュッシュッ、ゴッゴッと駛り始めるのである。
 暗緑色の場席には、疎な人影ほかない。片側には日除けが下りている。午後の静かな窓から、私共は、今迄とまるで異う小刻みな動揺を体中に感じながら、言葉|寡《すくな》く外景を眺めているのである。
 鋼のように瘠せ枯れた雑草が、蓬々《ほうほう》とほおけ立っている空地に、赤錆びた鉄屑が、死骸のように捨て重ねてある。
 今にも崩れそうな無人の荒れ果た小工場、真青に藻の浮いた水溜り。ちらりと、襤褸《ぼろ》の干し物が眼尻を掠める一《ワン》ブロックも占めていそうな大工場から斜に吹き下す黒煙の
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