が横づけにされている。黙って大股に、車室の暗い腰羽目を幾つも通り越したポーターは、やがて一つのステップの前に立ち止ると、路を開いて、
「ここです」
 と云いながら我々に入口を示した。
 ステップの傍には、黒坊の給仕が、これも腕組をして立っている。
「何号の寝台ですか」
 寝台券を渡すと、彼は、先に立って、我々の場席に案内してくれた。内部はまだ、がらんどうになっている。ちょうど、後の、コムパートメントに近い一隅に、私共を、一昼夜載せて駛《はし》るべきところが定められているのであった。
 良人が、ポーターに賃銀を払い、手廻りのものを入れた小さいスーツ・ケースを座席の下に片寄せている間に、私は、給仕のくれた紙袋に、脱《と》った帽子をしまい込んだ。
 そして、外套の襟《カラー》を寛ろげ、緩くり、夜のような燈火の下に向い合って、深い椅子に埋まり込むと、始めて六日以来の疲れを味うような心持になった。
 今は十一月十八日の午後三時――多分四十分位になっていよう。十二日以前の今時分、自分は、こうやって南方に向う列車に乗込もうなどとは、夢にも思っていなかったのである。椅子の高い背に後頭部を凭《もた》せか
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