ないで大丈夫?」
「大丈夫だとも、見れば判るもの」
「きっかりその前に止って? そうでなければ、いくら見ようとしたって見えないじゃあないの?」
 まだか、乗り過ぎたのではないか、と外を見ているうちに、電車は、急に小さい町めいたところに入った。ちらりと、右手に、店が見える。過る窓から自分は目の醒めるような西班牙《スペイン》風のショオルを見た。女がいる。黒い髪と珊瑚のような顔から驚くほど美しい黒眼が笑っている。
 自分は、たちまち、「ここよ」と云って立ち上った。
 電車が止ると、いそいで降り、後戻りをして店の前まで行って見た。どうしたのか、もうどこにも姿が見えない。
 それにしても、何という素晴らしい顔だったろう。柔い金色の髪と水色の瞳ばかりを見なれた眼に、始めて、房々とした黒髪と、ややいかつい、血の多い顔の美が感じられた。
 左手に、見事な胡椒の老樹が、三四本、繊細な葉を垂れて茂っている。そこに、五つの鉄架《ベルフリー》と、壊れた細い階段、正面に壁盒とをもった、サン・ガブリエルの外壁が、高く古さびて建っているのである。
 ところどころに十字架を翳し、どこにも窓というもののない壮重な建物の
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