、その基礎石にたとい一厘の動揺を与えられないでも、消える人間の気息とともに、消滅してしまうかと思われる。それほど、市街自身も生物なのだ。日光を照返す金色の尖塔《ピーク》も、屋根の平たい四角な事務所建築も、厖大な紐育という一生物の体内で何等かの機能を司っている。吸収し、排泄し、住民は自分等が各々日々の生活を安全に支配していると思っていても、実は、麻酔的な都市の威力に制せられ、我以外のものの血液循環によって、知らず識らず体温を保っているようにさえ感じられるのである。
一旦この市に指の先でも触ったら、人はもう、「紐育人」以外の何者でもあり得なくなってしまうのではないだろうか。
こんなに生々しい感銘をもって来ると、華盛頓は、自分に古い画廊のような印象を与える。
実際の人はもう百年も昔に死んでいるのに、肖像画と姓名と、官位と邸宅とは、今もその当時のように生きて、権利を持っている。
前面に壮麗な階段と柱列《コラム》とを持つ議事堂の建物は、恐らく内部に一人の下院議員を持たなくなっても、それが議事堂であったという権威は、アメリカの在る限り失わないで行くだろう。白堊館《ホワイト・ハウス》にしても
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