紐育というものではなく、外部から欧州大陸との直接国道である水の上から紐育という大都市の輪廓を見ようというのである。
 左右に絶壁の聳え立った上流では、いかにも秋の樹林の色が美しい。静かに河沿いをドライブして行く自動車や、騎馬の人かげを黒く小さく見渡しながらだんだんと下にかかり、触手のように無数の棧橋の突出た下流、日に白く光る高屋が、びっしりと肩を並べ、高さを競って詰っているのを眺めると、自分は、異様な感に打れた。
 あの街の中に、用事があって歩き廻っているとき、誰一人、これほど不思議な、有り得べからざる心持には打れないだろう。責任も義務もなく、静かな波の上からこの大市街を見渡すと、何ということもなく、今にも一大変動が突発して、たちまち四十階の建物も、誇らしげなウール・ウォルスの円屋根も、一時に消えて無くなりそうな心持がするのである。
 建物も、高塔も、皆、人間の、金持になりたい、世界一になりたい、という絶間ない欲求の上に生えているような気がする。実に明かな、確かな、しかも蜃気楼であるというような心持がする。
 一朝何かことがあって、幾百万という住民が死に絶えたら、これらの壮大な建築物は
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