艪髀u間に生命を賭けて来た。今は死なない。然しこういう刹那に死んでいるかもしれない。無数の人間が殺されて行く。人類に本能的な、平安、幸福、希望の輝を皆圧し伏せて、恐ろしい、惨忍な光景に眼を据え、手足も抗し得ず“No man's Land”に流しこまれる心持は、堪らないものだろう。
肉体が弾丸に射られ、刺される前に、先ず精神があらゆる虐殺を受ける。一方からいえば、肉体の苦痛、感覚的な苦悶というようなものは、極度に達すれば、意識を不明にさせる点で凌ぎ易いものだ。然し、心の苦しみは、死ぬまで持続する。今、死ぬか? 今死ぬか? しかも死なないで、また一日の、暗い、底の知れない不安が新たになる。或は、死ぬまで、死ぬことを忘れて、深い、愕《おどろ》き怪しみ、考えても考えても判らない憂鬱に噛まれているといった方がよいのかもしれない。
そういう恐ろしい集注、力の凝結が、一旦平和によって解放されたときを想うと、嬉しいというより先に息の塞がる思いがする。
一どきに撥ねかえった精力や熱中や、あらゆる場合に自分の生きている力を試したい活力が、彼等を狂暴にさえする。
戦時の、いい難く深い陰鬱や、惨虐な記憶
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