△で降ります。――いつ頃御結婚になりまして?」
 こまごましたものを化粧箱にしまっていた自分は、我知らず意外な感に打れた。
 彼女は、鏡の方に向いたまま、肩のフックを押え至極平静な声で質問をかけているのである。
 いつの間に、自分達を観察したのだろう!
 おどろきながらも、私は暖い心でありのままを告げた。
「そうお。私もね来月には結婚いたします。今度も実はフィアンセのところへ参りますの。幾度も幾度もニュー・オルレアンスと△△△との間を往復して、もう好い加減|草臥《くたび》れてしまいました。――でも――今度でもうお仕舞いだから。……」
 云いながら、彼女は一寸鏡の中を覗きこんで、手早く前髪の形をなおした。そして、振返るなり、突然、何を思ったか力をこめた声で、
“Isn't that splendid !”
と云って私の顔をじっと眺めた。
“I wish your happiness.”
 私は、懇ろに彼女の肩を叩いた。

 紐育からニュー・オルレアンスまで、同車の旅客の中には、これぞといって特色のある人も見えなかった。数の少ないこと、珍らしいこと等で、却って我々が折々人の注意を牽く位のも
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