、寛やかな胸元から、奇麗なレースの縁飾りを覗かせたまま、彼女は、ぐったりと肱をついて一隅の鏡の前に靠《もた》れているのである。
「有難う。どうぞお構いなく」
傍から額を押えていた婦人が、私の方を顧みて、
「頭がひどくお痛みになるんですって」と説明した。
「有難う。ほんとにお世話をかけます。汽車に乗ると、きまっていつもこうなんですの。動揺がいけませんのね、きっと」
私は、気の毒に思うけれども、何と云ってよいか分らない。
暫の沈黙の後、傍の女の人は、
「旦那様をお呼びして来てあげましょうか?」
と訊ねた。
「私共は急いで支度をしてしまいますから。ね」
私は、もちろん同意した。もう二三分もかかれば、私はすっかり着物を著けてしまわれる。
然し、頭の痛い女の人は、それを拒絶した。そして、立ち上り、私が自分の仕末をしている間に、もう一人の手を借りて、殆ど驚くほど念入りに身なりを整えた。
時々、おお、おお、と云って頭を押えながら、彼方にピンをとめてくれ、それではヴェスティーが曲っていると、まるで女中を使いでもするように命令して、おそらくここで始めて顔を合わせた人に手伝わせているのである。
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