札口が目の前にある。木棚一重に画られたそこには、黒い顔をした大人や子供が、ずらりと首を並べて凝っと動かない列車や、乗込もうとして急ぐ旅客、威厳を繕って腕組みする同じ黒人のポータア等を眺めているのである。
 故国の停車場などで見馴れる情景が、次第に自分等の心持を寛《くつ》ろがせた。
 二人三人、後から来た人が内部の肱掛椅子を占める。自分は、低い声で、冗談を云い、珍らしく声を合わせて笑った。
 一人の黒奴の女の子が、群を離れて此方を見ている。その髪が素晴らしい。黒く、ちりちり、おちぢれのようになった毛髪を、何としたことか「あぶ、はち、とんぼ」を三倍した位、小分けに処々で結んでいる、それも、ただ結んで止めたばかりでなく、一々先を丸めて色々なリボンをつけてあるので、下の小さい顔は、宛然、原始的な草花を山盛りに飾った素焼壺のように見えるのである。仔細らしく頭を曲げ、何か見恍《みと》れている様子は、実に可愛ゆく、滑稽である。
 自分が、五つか六つで、一かど大人に感じ、唐人髷の附け髷を結って貰っては、叔母の長襦袢を引ずっていた頃を思い出し、思わず軽い冗談が、唇をついて出たのであった。
 微笑を口辺に
前へ 次へ
全66ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング