境域が拡がっているに違いないという直覚が鋭く、心を外景に牽くのである。
どこまで行っても、どこを見ても、地面の見えない頼りなさに、感情を動かされたのは、自分等ばかりではなかった。
始めは、黙って眼を瞠っていた乗客が、誰云うとなくその広さや、列車の速力やについて、口をきき始めた。
「何という広いことだろう!」
「全くですね、然し、景色としては独特じゃあ、ありませんか」
「さあね、日本にも、こんな妙な処がありますか?」
皆の心には、一様に、このぶよぶよの、震える沼の中では、鋼鉄作りの汽車が、余り重すぎはしないのか、という、ぼんやりした危惧の蠢《うご》めいているのを感じ、自分は非常に興味深く思った。
平地や田野を駛っているとき、幾百人いるか、悉くの乗客は、一切を機関車に委せている。安心して、列車の動いていること、線路を間違えずに目的地に向って進んでいることを信じ切って抛って置く。けれども、それが、一旦、こんな場所や恐ろしい山の絶壁にでも差しかかろうものなら、眠っていた人々の意識は急に溌剌となる。無数の心が後から後から各自の体をぬけ出して、列車の前後左右を守り包むように感ぜられる。
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