同じ地上に棲息してい、同じ圏境に生えているという点で、一本の大柳と、全く同様に感じられる。それほど、精神の閃きがない。あまりに官能が天地の間を満している。
 北方では、精神力の欠けた、または不活溌を寒気の圧迫と見ることが出来よう。内へ、内へと追い込まれ、それが極度になると、活溌な雪消も見ないで萎縮してしまう。それに反して、南方では余りの熱や自然界の刺戟に会って、脳髄そのものが、融けてしまうのではないだろうか。毛穴が拡がる通りに、脳細胞も拡がり、流れ出す。そして、危く皮膚一重のここで止り、恐ろしく繁茂する植物のように、旺盛な官能生活に浸り込んでしまうのではないだろうか。
「ひどいものね」
 その室に帰り、卓子の上に地図を拡げておおよその見当をつけながら、自分は感歎して外を眺めた。
 北緯三十度。東半球でいうとちょうど埃及《エジプト》のカイロ辺と同じ線上を駛っていることになる。
 気候の平穏な故国にいては、想像に於てさえも漠然としていた、ナイル河の氾濫とか、有名なロタス、パピラス、パアム等の叢生した様子が、かなり鮮に思い廻らせる。埃及人は仕合わせに、アッパア、イジプトの沙漠と石山とを持って
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