可愛らしい。
これほど、優しく派手な旅行の首途を見たのは、自分にとって始めてであった。
笑いながら、外套のポケットに両手を入れて眺め、自分は一寸、花粉をつまみたく思った。
十一月十九日
一夜を汽車の裡に過し、自分等は、よほど旅行に出たらしい気分になった。刻々変化する外景の刺戟につれて、神経は、殆ど生理的に一点に凝固していられなくなる。
ひた駛りに駛る鋼鉄の車室に坐って、アクティブな肉体の運動は、何も要求されない。
自分の頭には、ちらり、ちらりと、種々な思いが通り過ぎた。しかも、一つとして纏まった考えはない。
ちょうど、今過ぎて行くカロライナ州の天地が、瞬間、棉の耕地を見せ、忽ち、木造の危うげな小屋と入れ換る有様によく似ている。
相変らず、風の無い、穏やかな小春日和である。
南北に二分されたカロライナの風景は、砂の多い、光る地面と、寧ろ晩秋らしい日を吸って緩やかに起伏している樹林の色彩多い遠景、とり遺された実が白く鮮やかなために、却って一体の感じは穢れて見える棉の耕地に於て、共通している。
ぽつり、ぽつりと散在する小屋は、皆、この地方特有のサンド・ストームに倒されな
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