アノンに行きワシントン将軍の夫人が、最後に良人の墓を眺めつつ逝去したという、質素なしかも愛らしく、女性らしい寝室を見た。ひどく混雑した印刷局に行った覚もある。
「議事堂が見えて?」
 自分は、身の囲りに外套を引そばめるようにして、遠い彼方の樹立を透した。
 アーク燈が、静に瞬いている。自動車が探照燈のように蒼白く煙たつ強光を投げて、暗い闇に駛り去る。――
 また、がらんとした待合室に戻り、売店《スタンド》で絵葉書を書いていると、急に後から賑かな足音が、入り乱れて聞えて来た。
 何か喋り喋り、陽気に笑う若い女や男の活々した声が、まるで厳しい建物に落ちる歓びの流れのように感じられる。
「何なの?」
 ペンを持ったなり振返って見、自分は思わず良人と眼を見合わせて微笑んだ。
 結婚したばかりの花嫁花婿を、新婚旅行に送り出すために、華やかに興奮した友達の一群れが、花環のように若い二人を取繞いて来たのである。
 何か囁いては、仲間の一人が、新婦の頸元に花の粉をふりかける。身を捩る、笑う、手を叩く。ひらひらする銀色のレースや飾紐《リボン》や小さい袋が、仄かな明りの裡で、宛然《さながら》お伽噺のように
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