越えて行くのは変化がない。ただ通るだけでも南を廻って、シアトルに行こうというので、今度の旅程が定ったのである。

        三

 夜、十時頃、列車は、いつ聴いても懐しい響を振撒きながらワシントンの停車場に入った。一時間ばかり停車するという。
 華盛頓《ワシントン》に着くまでは、と云って、寝台《バース》も作らせずに置いた人々は、皆、外套をつけ、帽子を被って歩廊に下りた。
「少し歩いて御覧になる?」
「ああ、出て見ましょう」
「帽子なしでもいいわね」
 素頭に快く夜気を感じながら、私どもは、地下から長い段々を昂《あが》って、待合室の方へ行って見た。
 乗込もうとする人は、もう皆、下へ行ってしまったものと見え、広大なウェイティング・ルームには、人影もない。
 高い円天井の下に、低く据っている空虚な腰掛の規則正しい列、靴音の反響するやや暗い広間では、白い柱列《コラム》や大きな硝子扉が、淋しく強く眼に写る。
 拱廊《アーケード》になった正面入口まで出て見た。が、到る処に、風のない初冬の夜が満ちている。
 去年の十二月始め、自分は父に連れられて、四五日をここで費した。そのとき、モント・ヴァ
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