はとうとう自分のために割かれることになった。
金を送り、Acanthus, Tokyo. という略号で、故国の家へ帰朝を知らせる電報を打った。
これは、父が、自分と一緒にこちらへ来たとき、留守中の事務のためや万一の場合の用心に、登録して置いたものであった。それが、今、こんな便利を与えようと、誰が思っていただろう。
電信取扱所の、高いカウンターの上に両腕を置き、今度は、こちらに独り遺る良人のために Dervish, New York という略号を選んだとき、私の心は寒いほどに翳《かげ》った。
――もう、どんなに周章《あわ》てても、気を揉んでも、来月三日に船が出るまでは、何も仕様がない。
毎朝、毎朝、今日は手紙が来るか、今日は電報が来るか、と期待に緊張しては、親しい教授や友人に、さようならを云って歩いた。
突然で、自分さえも信じられないほどだ。帰らなくては駄目そうですから、と云いながら、心の中では、どんなに、その不必要を確証する報知を握りたく感じただろう。
故国の父母は、もちろんまた自分がそんな決心をしたことも知らないのは判っている。それだのに、今、目を覚したら、ほっと安心し
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