り、
「帰った方がいいと思うことよ」
と云った。
「私共は、金さえあれば何時でもまた来られる。けれども……お母様の命は、一つほかない」
「うん……私もそう思っていたところだ。その方がよかろう」
「そうするわ。……」
種々な感動が入り乱れて、私は涙を止められなかった。自分が着くまでに母は死んでいやしまいかという危惧、種々な想像の不吉な予感、また、自分達の、始まったばかりの優しい暖い生活と引離れる辛さ。
私は、心が二つにひきちぎれる心持がした。
大学の仕事の都合で、良人が一緒に帰られないのは、云わないでも分っている。
仕舞に、私は、涙が全く神経的に流れ出すのに心付き、
「大丈夫よ、神経だから。大丈夫よ」
と、かまわず、必要な相談を始めた。
もう夜が更け、一二時になり、森とした家々を超えて、高架電車の駛る音が、寂しく機械的に耳に響く。
○
翌朝、自分達は着物も着換えないうちに、汽船会社に電話をかけた。
ハワイの方を廻ってもよし、来た通りでも仕方がない。
早く日本に着きさえすればよい願で訊いて見ると、東洋汽船では、一月の下旬に出る船にほか空がないという
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