か云い抗らって母を激昂させた。自分は、十六で、この女が母を殺すと思ったのであった。
 六七時間も地獄のような絶叫で家じゅうを震わせてから、やがて急にぴったりと四辺が鎮り、平和な、安息が流れ出した。
 母は死ななかった。もう一歩のところで生命を二つながら取りとめ、深い深い感謝を夢の心に湧立たせたのであった。
 けれども、さいわい、彼女の体躯が普通より大きかったばかりに生きられたほど、多量の血液を失って、母は、後、激烈な神経障害を受けた。
 あのとき、若し自分が傍にいて、煩瑣な家事を皆引受けてしなかったら、母はどんなになっただろう。
 考えて見ても恐ろしい。
 それが、今度は、さけ難い状態として彼女の、たとい安全には済んでも、容易でないに違いない出産の予後に控えているのではないか。
 自分がいないばかりに、母を死なせるのは堪えられない。それは、私の、真実な誠意であった。
 自分がいさえすれば、助けになることのあるのは知れきっている。彼女の安全の度は多量に増す。それを知りつつ、自分の延びても僅かな楽しみを偸《ぬす》むのは実に安らかではない。――
 長い沈黙の後、私は、うるんだ声で、然しはっき
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